本気瞳=まじめ
金曜日, 6 2月 2009
日本語ってやっぱりなんだか面白い。注意深く、人の話を聞いていると「ん!?」って思うことがしばしば。たとえば「まじめ」という言葉。「あのひと、まじめだよね..。」と誰かのことを話している場面。はてさて、褒めているのか、それとも批判しているのか、ちょっと聞いただけではわからない。大方、こういう場面ではどちらかというとまじめということがやや欠点(?)的に扱われています。つまり、「まじめはいいことだけど、融通が利かないところもあって、場合によっては気の毒」みたいなことでしょうか。「生真面目」という言葉もあります。こちらはもう「まじめ=気の毒」的な意味合いにより一層近いですね。一方で、女性が理想の男性のタイプなんかを話しているような場面では「やっぱりまじめな人がいい。」なんていう風に使われて、この場合はかなりポジティヴな意味合いです。「なんだかんだいってもやっぱりまじめが一番!」なんて翻訳ができます。そもそも「まじめ」というのはポジティブな言葉な気がするんですが、その言葉に至るまでの文脈で伝わり方が180度変わってきます。まじめの語源を調べてみると「まじ」は「まじろぐ」の「まじ」と同じで、しきりに瞬きするさまのことで、じっと見つめるさまを表す「まじまじ」も、元は目をしばたかせるさまを表しているようです。緊張して目をしばたかせるだけの真剣な顔つきから、本気であることや、誠実なさまを表すようになったようですね。漢字で「真面目」と表記するのは、意味から当てられた当て字のようです。「真面=真剣な表情」と「目=目つき」ということなんでしょうか。真剣なことを「本気と書いてマジと読む(笑)」ということと目つきを「瞳」なんていうようにちょっと深みを与えて置き換えると=本気瞳=真面目という置き換えの完成。遊べますね、日本語は(笑)。とまあ、そんなことをぼんやりと考える冬の夜。そんな角度で日本語という言葉をやや俯瞰で眺めてみると、じつに表現豊かです。