里山

最近、里山を行ったり来たりしている。今は田んぼの田植えの季節で、ちらちらと小さな黄緑色の斑点のような模様が続く。すっかり山の木々は青々として、晴天の日などは眩しくてくらくらするくらい。里山での目的は「生き物とのふれあい」(笑)。まあ、都会で生活していながら、思い立ったように「生き物を!」なんて言っても単なる気分以外のなにものでもない。とはいっても、それなりに土いじりをはじめようかと小さな畑を借りて、いじりはじめた。地元の人や大家さんからちょっとづついろいろ教わったりしながら。いじりはじめた途端に、いかに自分の体が知らないうちに「都会ボディ」になっていることかと気付かされる。都会ボディ、つまり、コンビニとスーパーで食べ物を買って、机に向かって仕事をして、工業製品と化した服を着て、乗り物に乗って移動する体ということ。いいとか悪いとかの話ではなく、そういう環境に適合した体ということだ。土いじりでは、例えば普段しないような姿勢で、普段履かないような長靴でずっと何やらの作業をする。うねをつくったり、肥料を混ぜ込んだりと土をつくるだけでも、そんな普段しない姿勢が否が応でも「もっと里山ボディにしなさい」と思い知るのだ。周りのカエルの合唱が、何やらケラケラと笑っているかのようにも聞こえてなんとも情けないかぎり。そんな風に、都市で慣れた体と精神にいくばくかの刺激を与えながら、土というものに向き合ってみる。ふと気になって少し口に入れてみる。なんとも不思議な味がする。土はもともと岩石の粉だ。年月が流れる間に、風や雨にさらされてバクテリアや草木や生き物などが幾重にも堆積したものだ。こうして都市からきた輩が気分でいじっているこの土ひとにぎりに、自分の生きてきた期間を遥かに越えた「時間」がつまっている。そんな土で自分で育てた作物を「食べてみたい」と無性に思う。はて、どうなることやら。

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