憂悶

僕はここ1年くらい大きな書店から足が遠のいていました。一方で専門書店や古本屋さんには足しげく通っていましたが。昨日、久しぶりに大きな書店に行ってみました。やはり、職業柄「デザイン」や「広告」「芸術」のコーナーへ。久しぶりに足を踏み入れたそこの光景で感じたこと。1年前と変わっていないのです。雑誌で取り上げられている「新しいデザイン」というものの予定調和的な記事。取り上げられたデザイナーの顔ぶれも変わらない。やる必要があったのだろうかと疑問に思ってしまうデザイン。「○○に影響を受けた」と言い張る焼き直しのデザイン。タレントのように、自分の専門外に勝手なコメントを薄っぺらい知識で話すデザイナーの記事。「私がやりました」と主張して、やったそのデザインを置き去りにしているような特集。デザイナーの仕事なんて、本来、やたらと地味で裏方の存在だ。デザインの仕事なんて、本気でやってたら年にいくつも手がける事なんてできない。故に儲からない。うんざりするほど「役に立たないデザイン」「小手先のデザイン」が溢れていてぞっとする。何か見てはいけないものを見た気がしてしまいました。僕は「雑誌を見ました」と仕事を依頼されると少々へこんでしまう。デザインを見て、この人に依頼したいと、探して辿り着いてきた方に大いに応えたい。溜め息をつきながら、カフェに入って、ふと、ある映像の仕事を思い出していました。その仕事は、今から10年前の僕の仕事を見て、自分も映像を志した人が、何年か経って大きな映像の仕事を任されて、そして、僕に依頼をしてきてくれた。「一緒にやってもらえませんか? チームのみんなも、喜びます」と。誰かが必ず見てくれている。そう思えた瞬間でした。やはり、世の中の役に立ちたい。いい仕事を残したい。

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