悩みがひとつ増えました。

いつも通りに日々を過ごしていて、ふいに、ほんとうに前触れなくふいに、「あれ?オレ、なんか価値のあるものを残してるかなあ」と思うことがある。自信がなくなった、みたいな大げさなことでもなく、そう思う。あきれるほどに映像や写真にささげているなあとも思う。朝起きれば、いきなり新聞片手にテレビに向かい、移動中のクルマでは映画をチラ見し、仕事場ではディスプレイやカメラのファインダーやスクリーンの類を見続ける。夜には横になって、それこそ眠る寸前まで映画を見ている。家族旅行では写真を撮ることに精を出し、車窓から見える景色を、こんな風に撮影したらさぞかしキレイに撮れるにちがいない、なんて考えている。風情のある場所を不自然な姿勢で歩き、アングルを探っていたりする。駅のサイネージ画面を立ち止まってじっと見つめ、これはきっとああやって作っているにちがいない、と。旅行先はほとんどロケハンのような眼差しだ。これは、自分でも呆れる。次から次へといろんな映像や写真の作品を仕事を選ぶことなくこなしている。いや、こなしているなんていうおごった気持ちもそれほどない。なんていうか能天気なほどにそれぞれ楽しんでいる。そう、楽しんでしまっているが故の「あれ?オレったら、きちんとしたものを残せていないんじゃないかあ」と思ってしまう。どこか歯を食いしばったりして、まるで試合前のボクサーの減量のように死ぬような思いで何かに向かって絞り出すようなことにしばらく身を置いていない。思い返しても、高校の時のマラソン大会でさえ、最初から最後まで散歩してしまって帰ってきたらすっかり片付けも終わってみんな帰っていた、という体たらくだった。ひょっとして、これはまずいんじゃないか、と50歳目前にしてようやく何かに気づいているんじゃないか、なんて他人事のように思うあたりがもはや末期的。でもね、そんないいかげんな歩みをしてきても、こと、映像については一般のそれよりも長い時間にさらしているように思う。このあたりで「名作」「傑作」なんていうものを残してみたいという気が起きてきたんだなあ。作者のエゴと批評されてもいいから、賞なんかとらなくてもいいから、誰も絶賛しなくてもいいから。ん?ちょっと待てよ、ならば何が基準で「名作」と呼ぶのだろうか。うーむ。悩みが一つ増えた。名作とは何か。今はまだわからないけど、名作を残したいという気持ちはしっかりと、ある。

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