ごめんね、パパたちは世の中を住みにくくしちゃったみたいだよ

まったくとんでもないものを残してしまうかもしれない。もっぱら最近僕の胸に去来する思いです。子供たちに残すべきは「夢」であったり「未来」だったり、「よりよい社会」なはず。なのに僕らの世代はどうしていいかわからないほどのお荷物を残して、そして子供たちより先に無責任に死んでしまうだろう。子供たちがテレビを見て質問する。「レベル7ってなに?」「ベクレルってなに?」そんな単位は小学生の教科書のどこにも載っていない。知らなくてもよかったはずの知識。たしかに一連のできごとから「ひとのあたたかさ」や「勇気」などは知ることができた。でもいったい今、世界を震え上がらせるお荷物をどこをどうやってうまく子供たちに説明できるだろうか。できることなら「なかったこと」にしてみたいのだけどどうやらそうもいかない。任期なんていう無責任な逃げ道のある人たちに期待せずに、「自分たち」がどのようにしてこの「負のお荷物」に決着をつけようというのだろうか。今は本当に思いつかない。元気な子供たちの姿をみるたびに「ごめんな、本当に、ほんとにごめんな」なんていう気持ちになる。右往左往しながら、どうしようどうしようと思うばかりで「未来」のつくりかたの何も思いつかない日が続いている。我が物顔に「えっへん、おとなはすごいんだぞ」なんていう日々を過ごしながら子供たちに謝りようのないものを残そうとしている。いまできることは何だろう。いまできることはなんだろう。子供たちの描いた絵を褒めてあげることだろうか。子供たちの通信簿のいいところをみつけて褒めてあげることだろうか。キャッチボールにつきあったり、絵本を読んであげたり、毎日身長を測ってあげることだろうか。そうして一緒に過ごしながらこれから僕は死ぬまで心の中で謝るのかな。「ごめんね、パパたちは世の中を住みにくくしちゃったみたいだよ」って。テレビのCMで言うように団結できるだろうか。力を出し切ってゆめのような住みやすくてきもちのいい世の中にできるだろうか。「おとな」って言われている全員に思いっきり責任がある。自分たちでやってしまった悪いことは直さなきゃいけない。本気で。iPhoneを握りしめてきれいごとをツイッターしている自分に本当にあきれてくる。1ケ月もかかってようやくそういう「責任」に気づく。「おとな」が聞いてあきれる。なんなのだ、自分の力とは。

まあ、なんとかなるから好きにやれ。父より。

最近では大人の会話にも食いついてくるようになって、ませてきた小学校五年生になった息子がこの日記を読んでいるようである。いやはや、こういうところにもネットの落とし穴があったなんて今まで思いもよらなかった。赤裸々に5年以上も書き綴っている日記をブログという形で公開してしまっているわけだし、こんな理由で消したりなんかすればなんだか息子に負けていいる気分にもなってくるから意地でも消さずに書き続けてやろうと思っている。息子の中では意外な発見をして見直してくれそうな記事もあるが、ほとんどはガラガラと音を立てて「かっこいいお父さん」の像が崩れそうな記事ばかりだ。もうこうなったら早いうちからオヤジの悲哀をとことん知ってもらうことも一興だ。デザイナーなんてこんなもんだ、とか、社長なんてこんなもんだ、とか、父親なんてこんなもんだ、なあんてどんな小学校の教科書にも載っていない「リアルな教科書」として大いに活用してもらいたい。できることなら小学校の集大成として卒業文集に「男とは」なんていうテーマで論文を発表してもらったりすればもう思い残すことは無い。そして、僕はほくそ笑んで、「男としてのイバラの道へようこそ」とばかりに次々に追い打ちをかけるように書き続けてやりたい。オチとしては、ぐちぐちと小言を並べても所詮は小言、なんとかなるもんだ、なんていう風に背中を見てくれれば最高だ。そして、同じようにグチでもこぼしながら無駄に熱く突っ走ってくれたり、今度は第二代菱川日記なんつってはじめてくれたりするともう昇天ものである。

二人の永遠の二日間

昨日、僕は泣いた。一昨日と昨日。すっかり夏休み真っ最中の息子と小旅行した。それは僕と息子の2人旅ではなく正確には息子と息子の親友の旅のお供をした二人プラス一人というところだ。息子とその親友は元は同じ小学校の友達だったが、その後、友達は転校してしまった。でも、その後も電話や手紙などで親友同士の関係は変わらず続いている。夏休みになって、「二人で旅をすれば?」という僕の提案におおはしゃぎで毎日、旅のしおりをつくったり、あれしようこれしようと二人とも楽しみにしていたようだ。そんな二人の旅のサポートというわけだ。僕はそれなりに下調べをし、万全の準備で添乗員を務めた(笑)。一日目のガラス工房のコップ製作体験にはじまり、虫取り、おせんべい屋さんの煎餅焼き体験、天ぷらの料理体験、花火大会、夜ふかし(笑)、二日目は朝の4時から船釣り、素潜り、海水浴、ブルーベリー農場の摘み取り体験など二日間でこれでもか! というほど思い出づくりを演出した。7時に帰ると約束していたので4時すぎには車に乗り込んで東京を目指す。あれほどはしゃいでいた車中がすっかりしんみりしたムードになって、さっきまで二人くっついて座っていたのに、うってかわって二人は離れて左右の窓から車窓を黙って眺めている。「つかれちゃった、眠いなあ」「うん、そうだね」なんて強がっている二人。力のない声から精一杯の強がりだと伺える。本当に二人とも寝てしまって、僕はそんな二人のあまりのいじらしさに泣いてしまった。こういう時に限って帰り道は渋滞などなく、スムーズだ。このまま走ると6時過ぎには家に着いてしまう。僕はできるだけ一緒にいる時間をつくろうとあえて少し遠回りで、可能な限り制限速度より遅めに、そして、少し渋滞している道を選んだ。カーナビゲーションが渋滞回避のルートを繰り返し表示している。こんな時のカーナビは疎ましい存在だ。カーナビを消して、ラジオだけにした。ラジオから渡辺美里の「10years」が流れた。「あれから10年後。。。」なんていう唄だ。その唄にまたじーんとしてルームミラー越しに二人の寝顔を見てまた泣けてきた。できるだけ引き延ばした約束より10分遅れの7時10分に友達の家に着いた。彼らの小学5年生の夏休みの旅は終わった。初めて体験づくしの旅の楽しさもあったかもしれないけど、二人一緒にいるだけで楽しい。親友という純粋で大切な存在。何にも代え難い存在。用意されたたくさんのアトラクションは二人にとってはおまけにすぎないのかもしれない。もう二度とこない永遠の二日間だったと思う。

無心

父の日に子供たちから絵と手紙をもらった。息子と娘二人はお手紙と絵を描くのがとても大好き。今時珍しくあんまりTVゲームに興味を示さない。紙と色鉛筆さえあれば一日中でも絵を描いて遊ぶ。人は成長するとこうやって「絵を描いて遊ぶ」ということをいつからやめてしまうのだろう。自分を振り返ると覚えていない。なぜ、やめてしまうのだろう。TVの存在なのかな? それとももっと他の遊びにどんどん目移りしてしまうのかな? 絵どころではなくなってしまうのかな? 子供たちの絵はいつだって正直だ。その瞬間に考えたことをなんの計算もなく描く。とってもうらやましい。僕が絵を描く時、まあ、そんなにあるわけではないが、何を考えるだろうか。「こうしたら上手く見える」といった具合の計算があるように思う。写真を撮る時はどうだろうか。同じように「こんな感じ」とプリントした時の出来映えを想像しながら撮っていると思う。じっと子供たちが絵を描くのを観察した。大人には真似ができない「無心」な表情で絵に向かっている。そこには「計算」は微塵もない。きっと、いろんなものを見てきて、記憶に刻まれた数々の印象から、それぞれパーツを引き出してきてはそれを描いている。時には驚くくらい、小さな出来事を覚えていて、そのディティールを描いたりする。テクニックを必要とするような描写力が備わっているわけではない。こうして出来上がった父の日のプレゼントとしての絵はニコニコと笑っている僕の顔だった。もっと、いい顔を見せてあげなきゃな、と思った。無心で描いてくれるにふさわしいモデルにならなきゃな、と。

物知りな大人

今、片っ端から名作と言われた物語を読み返しています。「あしながおじさん」「ガリヴァー旅行記」「ロビンソンクルーソー」「トム・ソーヤーの冒険」「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」などなど。少し前に本屋さんで、何か読み物を物色した時にずらっと並ぶ本にちょっと溜め息が出てしまったのがきっかけ。勝ち抜くための云々、とか、失敗しない○○だとか、△△の品格なんていう本もずいぶん増えました。そんな「無駄をしないために読む本」になんだか溜め息をついてしまった。はて? 本を読むってこういうことだったけかなあ、と考えてしまったんですね。こういう本の存在は否定はしませんが、なぜ、本を読むのか? というあたり、考えたい。と、同時に、息子が本を読みたいと言った時に是非読んで欲しいと思う本をキチンと推薦できるようにしたいとも思いました。そんなわけで、自分が子供の時に読んだ名作や何度も薦められながら大人になって未だに読んでいない名作などを探すことにしたのですが、こういう名作童話や物語は子供の本のコーナーに集中していることをあらためて気づきました。子供には名作で「心を豊かにする本」。大人には「無駄無く生きるために読む本」みたいなコントラスト。いやはや、ちょっと、ちょっと、大丈夫かなあ? 大人達。知っておくべきは何か? を考えているかなあ。あしながおじさんのような大人、ロビンソンクルーソーを地でいく大人、ファーブルさんやシートンさんのような大人。そんな豊かな物知り大人って素敵だと思うんですけどね。新製品に詳しくて、高級車に詳しくて、デジタルに詳しくて、ファッションに詳しくて、そんな大人もいてもいいけど、僕は息子と一緒に空を見上げた時、雲の種類や星の名前や天気の読み方なんていうのをさらりと教えてあげられるような大人でありたいと思う。

アンディーさん

息子と二人、久しぶりのデート。突然、デートすることになった土曜日の午後、思いついたのは「セスナで遊覧飛行」「気球に乗る」「BLUE MAN GROUPを観に行く」とほとんどイニシアチブを僕が握って(笑)、どれかに行く、とだけ決めて家を出ました。まずは「BLUE MAN」。チケットがとりにくいとウワサには聴いていたので、ほとんどダメもとの当日券狙い。と、ラッキーにも7列目をゲット。二人で狂喜乱舞(笑)。開演まで会場すぐ下の「Rolling Stone Cafe」でお茶することに。「いいか、こういうカフェはカウンターに座るもんなんだ」と何の根拠もないダンディー講座を息子に伝授(笑)。何の疑問もなく、息子は「やっぱカウンターだよね」と、生意気な小学2年生っぷり。壁に飾ってあったアニー・リーボヴィッツの写真を見て「この写真、家にもあるよね」なんて、するどい指摘。リーボヴィッツの写真を知ってる小学生もなかなかいないよなあ、変な小学生だなあ。カウンター越しにお店のお姉さんと楽しい会話。先日、アンディ・サマーズ(ポリスのギタリスト)がお店に立ち寄ったという話に喜ぶ僕に息子は「外人ってみんなアンディーっていうの?」(実は僕の友人にもアンディーさんがいます)と、ストレートな質問(笑)。「そうだよ、知らなかった?」と適当な僕(笑)。そうこうしていざ「BLUE MAN」の公演です。僕はなんと17年ぶりに観る。久しぶり。そして、ステージが始まって、途中で3人が客席に出てきた時に息子はそのBLUE MANの3人に「アンディーさーん!」と手を振る。おかしくておかしくて、楽しんでしまった。もう少しこのネタはひっぱろうと思う。いつか海外に連れてってみたい。きっと、会う人みんなに「アンディーさん」と呼ぶに違いない。父親として間違った教育だろうか(笑)。いや、「アンディーさん!」と適当に呼んで、訂正されたあとに続くコミュニケーションを伝授したということにする。しかもそのエピソードの始まりがポリスのアンディー・サマーズだなんて、カッコいいぞ、息子よ。

演出家として

このクリスマスも例年のごとく「いかに本物のサンタが家にやってきたか」を演出するのに工夫を凝らしました(笑)。(まさか、子供たちがこの日記を読んでいないことを祈りつつ..) 我が家には暖炉、というか薪ストーブがあるので煙突があるのですが、その煙突が映画で見るような立派な暖炉のそれとは違って、なんとも質実剛健な、煙を外に出すこと以外の機能を備えていない、つまり、「サンタの侵入を想定している」というものではありません。息子はそれをいたく心配し、定規を持ってきてその煙突の直径を計り、そのまま僕の腰回りを計って一言「サンタはパパよりやせているか?」と心配しました。僕はとっさに「大丈夫、エスパー伊東みたいに入るときに体をクネクネさせてちゃんと入れる」とワケのわからないことを言ってしまい、余計混乱させてしまいました。24日が休日だったこともあって、我が家にはサンタのスケジュールの都合上、23日の夜に来るということに。子供たちが寝静まった夜中に、そっとプレゼントをツリーの下へ、結構かさばる感じのプレゼントが多かったせいでみんなのプレゼントをならべるとツリーの下にはプレゼントの山になっています。居間のブラインドを少し開けておいたりして、サンタが出て行ったというちょっとした形跡も大事な演出です。安心したのも束の間、二階から誰かが降りてくる気配。ん? 誰だ? とドキッとしながら夫婦2人で階段を駆け上がると息子が。「おしっこ….」。我が家にはトイレは1つだけ、しかも思いっきりツリーの前を通過することになります。片付ける時間的猶予はありません。「ちょ、ちょっとまって、いま、一階が大変なことになってるから! あぶないぞ!」とまたワケのわからないことを叫びながら、近くにあった毛布でプレゼントを覆います。そして、それから息子のおしっこをエスコート。できるだけ毛布に目がいかないように、気をそらしながら、かつ、寝ぼけた息子の意識をはっきりさせないように静かに語りかけながら、とおしっこで大騒ぎです。朝には子供たちの狂喜乱舞で起きました。ホッ。徐々に子供たちも「本物のサンタが来た形跡」を求めます。来年はもう少し演出が必要です。演出家としての技量が試されます。

続・アピちゃんとシュトゥラップくん

娘の想像の友だちのお話を以前書きました。そして、我が家は先日引越しをしたのです。そしたら、アピちゃんとシュトゥラップくんもちゃんと新しいお家に来ているようです(笑)。ほっとしていいのやら、どうやら。ちなみに今日はシュトゥラップくんはお家に帰っちゃったみたいです。「今日はね、アピちゃんだけ。お二階で絵本を読んでる」んだそうです(笑)。ついつい、興味本位でアピちゃんとシュトゥラップくんは何者か?を聞き出しそうになるんですが、娘は「どうしてそんなこと聞くの?本人に聞けば?部屋にいるじゃん」的な感じです。なんでしょう。聞きたくても聞けない僕は….それでもしつこく聞いてみました。アピちゃんの誕生日は3月の下旬だそうです。ちなみに4歳です。そして、新たな事実。お兄さんの「アピリくん」がいるそうです。時々、来ているようです。増えてます、来客が。これだけ、ほとんど同居同然だと誕生日にはお祝いをしたほうがいいんじゃないかと思っています。まだ3月まで時間があるので考えてます。誕生会。姿を見せてくれるかなあ。かなり会いたくなってきました。

実家をつくる

先週、引越しをしました。とはいっても今まで住んでいた所から歩いて1~2分の場所。いろんな新しい場所を思いを馳せながらそれはそれはいろいろと想像をめぐらせましたが、もうすっかり馴染んだ地域から離れることはできずに、そうしました。きっと、「家」としてはこの場所なんだなあとしみじみ思いました。息子も娘も学校や保育園を変わることなく。僕や妻はほんのちょいっと通勤ルートが変わっただけ。元はといえばこのあたりは妻の地元。僕自身には馴染みのなかった地域だけど、そんな妻の地元に今や自分の友人も増えて商店街に買い物へ行けば必ず声がかかる。お店も顔なじみ。引越しをすれば近所の電気屋さんから花が届くほどに(笑)。今まで住んでいた家にはすぐに新しい人が決まって、その家族とまたお付き合いが生まれそう。お隣同士ほとんど毎朝挨拶を交わす。タバコ屋さんとの立ち話。週末には近所の友人がふらりと立ち寄る。この地域には7年住んでいます。今度の引越しは「家」としては最後になるかもしれない。子供たちにとっても。あと何年したら子供たちはひとり立ちしてこの場所が「実家」と言われるようになるかなあ。そう、「実家」という場所をつくった気がします。