凡事徹底

これでも一応は経営者です。あ、そうだ経営者だったんだ。ほとんどの会社の大事なことを幹部の連中にまかせっきり。具体的な数字を把握もしないで、青、黄、赤と経理担当から信号の色で伝えられて意識を切り替えるという具合。毎日はジェットコースターのごとく緩急をつけながら上り下りを楽しんでいる。経営者だぞ!と言ったところで自慢できるようなことはほとんどない。スタッフのみんなには感謝の言葉しかない。会社をはじめた19年前から大事にしていることはいくつかある。おそらくそういうのを理念と呼ぶのでしょう。一応、ある。「凡事徹底」という言葉を知ってからは、あ、それそれ、と思っている。例えば「すごいこと」を目指すのは悪くない、いやいいことに違いない。けれど、所詮自分はいたって凡人。生まれながらにして持っていた卓越した才能など一つもない。だから当たり前のことを、当たり前のことばっかり、徹底して、やり続ける。好きなことを見つけてからはそれを続けた。映像をつくったり、デザインしたり、イベントを企画したり、と、何かと他人様に向けてつくるという仕事をしている。つい忘れてしまいそうになるのが、つくることが楽しすぎて完成したら満足してしまい、誰かを楽しませようとしていたこと。そうだった、エンターテイナーだったんだよね。と。すごい!と言われることも嬉しいけれど、面白い!楽しい!キレイ!カッコイイ!って感情が湧き出てくるような感想をもらうのがいい。そのためにも、当たり前のことに徹する。楽しいってなんだっけ?とかカッコイイってなんだっけ?キレイってなんだっけ?と考えながらできるだけ当たり前のやり方で徹底する。誰でもできるやり方で徹底する。何もできなかった凡人が凡事に徹していたら、こんなに素敵なものができました。っていうのはなるほど痛快なことなんじゃないかと思いながら続けている。

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目は口ほどに物を云う

今ボクは大学で教授をやっている。何足のわらじになっているのかわからないが、兼業である。会社の社長だったりもする。そして今や大学の教授たちの中に社長と兼業の方々も少なくない。大学で顔を合わせるとしばしば、その社長としての顔での話題になる。大学の教授であって、かつ会社の社長ともなれば、世間からしたらさぞかし立派な会社に違いない、なあんて思われそうでかなりハードルが高そうなイメージだ。(いやいや、実のところは結構白鳥のそれのように人目に触れない水面下では足をバタバタさせてるんだけどね) 毎年のことなんだけど、3月の終わりごろになるとその社長たちから新人の採用についての話題にスポットが当たる。簡単に言えば「どうやっていい人材を見極めているのか」というハナシだ。筆記試験を経て面接、というお決まりのパターンもあれば、プレゼンテーションをしてもらってそれで判断する、というのもある。かくいうボクは「目」と話した。会って、目を見て、3秒で決める。自分で言うのもなんなのだけど、時代を超越したなんとも男気あふれるがっつり昭和なやり方である。理屈としてはこうだ。作品集はほとんどあてにならない。だって、ひとりで作ったかどうかはもうわからないし。履歴書もそうだ。ほんとうはどんだけ失敗して、それを克服したかを知りたいけれど、失敗したことを列挙した履歴書を書く人なんていない。判断材料にFacebookやらTwitterなんかをチェックするなんていうのは小賢しい。ボクだって、そんなの見られたら大抵のところは落ちるはずだ。そうして行き着いた「目を見る」ということ。そして、これを実践していたらハズレがなかったこと。もはやこれしかない、のだ。目は口ほどに物を云う、とはよく言ったものだ。話はそれるかもしれないが映像の絵コンテを描く時。人物の目を描くのがボクにとって一番難しい。たまにどんよりとした気分になっている時、自分の顔を見ると、目が死んでいる。スポーツの場面なんかでもよく言う。「昨シーズンとは目つきが違いますね」なんて。こんな風にその人の状況やらモチベーションやらを目はシグナルとして発していると思えてしかたがない。そしてそれを信じて実践しているというわけだ。しかし、そうやって新人を見極めているというと必ずと言っていいほど「え?」となる。大丈夫か?と心配されたりもする。これはプログラミングや分析なんかじゃあできない。うふふ。心配ご無用。この成果は10年後に出るのだ。うちの若い衆たちは大声で自慢したいくらいいい目が揃っている。

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なんとかなるさ経営

かれこれ、会社を経営する身になって16年になる。20代の後半に会社設立に立ち会ってから、ずっと「会社」というものがいつも頭のどこかにあって、目の前のお金のことや従業員のくらしのこと、世の中の景気の動向や流行、業界での評判などを気にしてきた。どこへ行っても、なにをやっていても、いつも、気になっている。僕が持つ「会社」というものの存在は家族が頼りにする大きな大木のような存在で、従業員のみんなはどこか家族のようなつきあいがあって、旅行なんかにも一緒にいっちゃったりして、そんな思い切り昭和の匂いがするものだ。工場や商店の雰囲気に近いかもしれない。これまでたくさんの「会社とはこうあるべきだ」なんていう本を読んできた。IT企業のそれや、先進企業の社長のもの、投資家のそれや、経営コンサルタントの書いたもの。そのほとんどはなに一つ参考にならなかった。どれもこれも僕にとっては楽しそうに映らなかった。そして、頑な自分の考えを振り返り、冷静に眺めても、その古くさいと思われがちな経営手法ほど、どこか実は先端をいっている気がしてならない。「家族的経営」「終身雇用」「年功序列」というこれらのしくみは、よくよく考えてみればなにかを超越してる気がする。ソーシャルという言葉が世の中に溢れた時も「それ、昔からあった当たり前なことなんじゃないかなあ」とも思ったし、新しい働き方とWebで紹介されているものはどこか不安定な部分が拭いきれない。昭和的経営は実はその先にある達成感や充実感という感覚、そしてしっかりと地に足をつけて時間をかけて小石を積み上げていくような会社の存在。我ながら、笑ってしまうくらいの化石のような経営の考え方に、これまでなんども悩んだり迷ったりしてフラフラしても結局、戻ってくる。これまで何度も「もうやめたい」なんて弱音をはくことがあった。そのたびに背中を押してくれたのは従業員たちだし、今となってはほとんど家族へむける感情に近いものさえある。そして、それなりの時間が流れていき、費やした時間を思うと、会社というものへの画期的で新しい何らかの答えのようなものを見つけていてもおかしくはないのだけれど、うーん、見つかっていない。ただし、創業した時と明らかに変わっている心境がある。「なんとかなるさ。」この精神。そういう気持ちは以前では仮に口で言っていたとしても心底から言えたことはなかった。そして気がつくといつのまにかこの言葉を言える気分になっていた。1月には年賀状という風習がある。日本のこの風習は大好きだ。今年もまたその季節がやってきた。年に一回、新年の挨拶をする。できればメールやSNSなどではなく、ハガキみたいなもので送りたい。このコラムが掲載されるころ、僕の会社の新しいニュースをみんなが見てるはずだ。年賀状にそのニュースをメッセージとしてお世話になっている方々へ送った。もともと1つだった会社が10年くらい前に2つになって、そしてまた2つの会社がひとつになる。放蕩息子が帰ってくるような感覚で、僕にとっても新しい経験だ。そしてその顔ぶれをみて心底思う。なんとかなるさ。と。

月刊「Mac Fan」連載 “写真と文”より

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面白いことを生み出して喜んでもらってそれで食べていければいい。

デザイナーの水野 学さん、古平 正義さん、平林 奈緒美さん、山田 英二さんの共著「SCHOOL OF DESIGN」の中の一節にこうある。「フリーランスに叱ってくれる上司はいない」。クライアントの苦言や親兄弟のお叱りがあったとしても仕事を前にした「育成の名のもとの叱り」は、なるほどそこには無いかもしれない。フリーランスになる、または独立して会社を起こす、というある種の一念発起も、大抵はどこかの企業にしばらく在籍して、そこで力を養ったり、人脈を拡げたりしてからアクションを起こす。そうしないと力強い一歩を踏み出せそうにないし、そもそも独立心も会社員のひとりとしてやっていた時に芽生えた野心が背中を押す。僕もいくつかの会社に従業員として在籍した経験をひっさげたし、周りを見回してもそのほとんどがそう。4年前、そんな独立のセオリーを軽ーく乗り越えて、僕の教え子が旗を揚げた。大学在籍時に会社をつくってしまった。彼らは会社員時代の人脈も、会社員時代の上司のお叱りもなく、自分たちの力を信じて出港した。まずはこの無鉄砲なまでの船出に拍手を送りたい。井口くん率いるtymote。Webを見れはその後の4年間の足跡は辿れるし、一部の人たちには言わずもがなの活動っぷりだ。その井口くんが金沢で講演をする。eAT Close College イート・クローズカレッジ( http://eatx.bp-musashi.jp/close/ )。本来の目的は若手にエールを贈るための講演である。しかし、僕にはそれだけに見えない。まずは就職して、その後、もしかしたら独立。なんていうちょっと生温いクリエイター独立の流れに一石を投じる活動の一端を覗かせていただける絶好のチャンスとみていい。つまり、すでにもう独立をして何年にもなるフリーランスや経営者にこそ聞いて欲しいと思える。(まだ、何を話すのかは知らないけれど(笑))。おそらく彼らのこの4年間はそれなりに厳しい戦いを続けてきたことは想像に易しい。このカレッジを主催するのも百戦錬磨の戦いを経て、今、金沢を盛り上げようと奮起するCENDO代表の宮田くん。選抜された講演者のラインナップを見るだけで「狙い」が見て取れるし、その嗅覚は鋭いと思う。大学生がその大学生活の半分以上に「就職活動」という時代遅れの活動に時間をとられていることを思うと、よっぽどこういう講演を聞いたほうがいいとさえ思う。いや、むしろ、そういう就職活動を進めている企業の人事部の方々や大学の就職課の担当の方々にも覗いてほしい。いや、大学生の親にも。就職活動に一喜一憂していることこそ、実は何の生産性もないことで、時代遅れだ。旧態然とした「就職」という寄らば大樹の陰的な発想はもうどこにもそのような手ぬるい空気が存在しない。就職にだって、この独立心のような野心が必要だ。この「上司のいなかった」彼らのような「現場」が今のクリエイションの世界共通の「面白いことを生み出す生産現場」であることは間違いがない。独立することとか会社員のままでやるとか本当はどうでもいいこと。独立する事は就職した会社がいやだったから、なんていう理由でできるほど甘いものではない。いつだってクリエイターやデザイナーは「面白いことを生み出して喜んでもらってそれで食べていく」ことがしたい。そして、面白いものが生み出されれば、国も言葉も、そして経歴や人脈も関係なく世界が注目する。そこに一直線に向かう姿勢の、そういう一端に触れる機会はそうそうない。

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会社に戻ると相変わらず忙しそうにしながら「おかえりなさい」と言われた。

先週、とある講演の機会をいただいた。テーマは「クリエイター/デザイナーの評価について」。つまり、デザインをビジネスとする会社の経営のノウハウとしてのひとつの事例として僕の会社のことをお話する内容だった。僕自身経営の手腕があると自分では全く思えないので、はじめは丁重にお断り差し上げた。しかし、何度もお話をいただき、何かお役に立てればとお引き受けした。いつもとは勝手が違い、会場には明らかに僕より年上の経営者もしくはそれに近しい立場の方々が多く見受けられた。講演などで滅多に緊張しないのに珍しく緊張した。この講演は無料ではなく、それなりのお金を支払ってみなさんは聴きにいらっしゃっている。何か参考になるようなことを言わなければいけないかと思うとあまりに自分の経営のやり方の「システム」的なことの無さに焦ってしまったのだ。とはいえ会社をつくってから14年あまり、そういう「人事」とか「評価」を数値にしたり、システムとして仕組みをつくったりしてきたことがない。「そういうやり方もある」なんて少々開き直りの気持ちが必要な講演だった。僕の会社の最も大切にしていることは「家族」の気持ちだ。もちろん、社員のみんなは本当の家族ではないのだが、僕は家族だと心底思いながら毎日接している。スタッフが病気になったとき。スタッフが失敗したとき。給与を払っているアカの他人、とか、ギブアンドテイクの関係だとか、そうは思えない。完全に情が移っているし、ドライな気持ちで雇っている人なんていう風に思えない。それはもう仲間というより家族に近いのだ。若手のスタッフのやんちゃな言動は自分の息子が生意気を言っているように思えるし、歳が近い女性のスタッフは妹か姉のように思える。だから、会社の収益はどこか「家計」のようで、帳簿は「家計簿」のようだ。給与の考え方も年功序列の考え方が基本にあったりするし、そこには「年の功」に対しての尊重も大切にしている。甘い。なんてご指摘をいただくだろう。けれど14年続けてこれたのはまぎれもなくこうしてスタッフのどこか「思い」に支えられて、巣だっていったスタッフもつかず離れずの関係を続けていられる。きっと、これがこの会社のやり方なんだと思う。ふと周りを見渡すと、こんな町の商店のようなやり方の会社は少なくなったように思う。だから、この講演はむしろ珍しい事例として聴いてもらえるかもしれないと思ったのだ。僕はそんな家族経営をこれからも大切にしたい。会社は「頼れる場所」で、「いつでも帰れる場所」で、「団らんの場所」で、「ほっとする場所」でありたい。本当の家族の場所と会社の場所、両方とも「そこにいたい場所」でありたいと思う。そして、お互いの成長にニコニコしたりして二度と戻れない貴重な時間を過ごす。振り返ったとき、そこにはみんなの笑った顔を思い出せるような、そんな場所。会社っていいもんだといつまでも言っていたい。だから、自分たちのやり方、自分たちの朗らかに過ごせるやり方でいい。講演が終わって、会社に戻ると相変わらず忙しそうにしながら「おかえりなさい」と言われた。

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まあ、なんとかなるから好きにやれ。父より。

最近では大人の会話にも食いついてくるようになって、ませてきた小学校五年生になった息子がこの日記を読んでいるようである。いやはや、こういうところにもネットの落とし穴があったなんて今まで思いもよらなかった。赤裸々に5年以上も書き綴っている日記をブログという形で公開してしまっているわけだし、こんな理由で消したりなんかすればなんだか息子に負けていいる気分にもなってくるから意地でも消さずに書き続けてやろうと思っている。息子の中では意外な発見をして見直してくれそうな記事もあるが、ほとんどはガラガラと音を立てて「かっこいいお父さん」の像が崩れそうな記事ばかりだ。もうこうなったら早いうちからオヤジの悲哀をとことん知ってもらうことも一興だ。デザイナーなんてこんなもんだ、とか、社長なんてこんなもんだ、とか、父親なんてこんなもんだ、なあんてどんな小学校の教科書にも載っていない「リアルな教科書」として大いに活用してもらいたい。できることなら小学校の集大成として卒業文集に「男とは」なんていうテーマで論文を発表してもらったりすればもう思い残すことは無い。そして、僕はほくそ笑んで、「男としてのイバラの道へようこそ」とばかりに次々に追い打ちをかけるように書き続けてやりたい。オチとしては、ぐちぐちと小言を並べても所詮は小言、なんとかなるもんだ、なんていう風に背中を見てくれれば最高だ。そして、同じようにグチでもこぼしながら無駄に熱く突っ走ってくれたり、今度は第二代菱川日記なんつってはじめてくれたりするともう昇天ものである。

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社長ベタ

以前この日記で「社長をやめます」と宣言した。もちろん今でもその気持ちは変わらない。どちらにしてもいつかは辞めるだろうし、それをわざわざ宣言するのもあんまり粋なものではありません。紆余曲折あってもう少しだけ続けさせていただくことになった。なんだか最後、最後と言いながら続ける宮崎駿さんの気持ちは少しだけわかる気がします(笑)。確かにここで「じゃあ」といったところでいい辞め方ではないし、やり残したことは、ある。そして、相変わらず社長は下手だ。もうなんだかわからなくなるくらいに下手です(苦笑) 何でも相談できる社長の雰囲気は持ち得ていないと思うし、何でも包む包容力のある器もなさそうだ。でも、パートナーに言わせると僕のわがままなやり方はひとつの牽引力になっているらしい。本当に自分ではわからないものだ。素直に聞いて、素直に「まだお役に立てるなら、やろう」という気持ちだ。でもうすうす感じている。きっと、最後の社長業になるだろうと。身の回りにある経営論的な本は全部ブックオフに引き取ってもらった(笑) まったくといっていいほど参考にならなかったといっていい。何度もそういう本に救われた気がしたけど、一瞬、ちょっとだけ自分がやっていることを肯定された気がしただけで、本をきっかけに何も進むことはない。全ては自分の中にある強烈な熱意しか、何かを進めるためのガソリンにはなり得ない、と思う。自分でもよく、この社長業を山脈になぞらえた。山をひとつ越えたと思ったらまた次の山が現れる。せっかく登った山を下りてまた次にとりかかる。たまにずるっと足を滑らせてケガをする。そしてまた山を登る。いつ休憩してもかまわないが、休みすぎると明るいうちに登れない。などなど。そんなイメージをもってやってきた。そして今、抱いているイメージは難所の多い、最高峰の山が目の前に現れたようだ。もちろん会社とは、ひとりの登山イメージで説明できるようなものではなく、むしろ集団であり、みんなのものである。そこに集まった人みんなで盛り上げていく場所だ。話は少しそれるが、先日、原研哉氏から「デザインのポリローグ 日本デザインセンターの50年」を献本いただいた。そこには会社を経営する身としては嫉妬するほどの足跡があった。そして、この本を読みながら、同時に、僕が社長を務める会社に一時期所属し、羽ばたいていった人たちをひとりひとり思い出した。不思議なことにあれほど胃を痛めた経営の日々がそれぞれの人たちとノンキに笑い合っている思い出しか残っていない。何も学習をしていないようで、幼稚な思い出かもしれないが、素直に「ああ、楽しかったなあ」なんて思った。きっと、社長なんて辞める時が本当に来た時にこうして「ああ、楽しかった!」なんて思うものなのだろう。そして、思う。やっぱり僕は社長は下手だ。下手は下手なりにもう少しじたばたしてみようと思います。自慢できるような形のいい足跡は残せそうにないけど、地面にじたばたしたような跡くらいは残せるかな(笑)。

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称号

おかげさまで鼻血がでるほど忙しい毎日を送っている。事務所のスタッフは「今、何が一番欲しい?」と聞けばおそらく全員「睡眠」と答えるに違いない。笑い声などとともに盛り上がったかと思えば、睡魔が襲っているであろうしーんと静まりかえってことさらマウスのクリック音やキーボードを叩く音が大きく聞こえてくる時がある。一日の中でもそういう波が何度も繰り返される。均一に流れているのは「眠い」という空気(笑)。こんな瞬間だからこそ、それぞれのその人の「根性」が実にわかりやすく見て取れる。大変な仕事を額面通り大変そうに仕事をする人。きっと疲れきっているだろうに、目の下にクマをつくりながら笑っている人。ただただ黙々と進める人。デザイン業にかかわらずこういった突貫仕事は誰もが経験していることと思う。こういうある意味「極限」な状態になって、それを越えてすっかり終わって打ち上げでもやっている頃、ほんの少し、チームの空気が変わっていることに気づく。やはり、誰が見ても大変な大仕事をし終えた人やチームには「頼もしい」雰囲気が漂う。頼もしいというものは一つや二つの仕事をこなしたくらいでは得られるものではない。ましてや、ぶつぶつと小言を言いながらやってしまったあとには終わったには違いないが、この「頼もしい」という称号は与えられない。創業以来ずっといるスタッフは「この忙しさ、もしかしたら創業以来一番かもしれない」とつぶやくほどの今。僕の周りには「頼もしい」称号がたくさん並べられている。スタッフに恵まれるというのはこういうことなんだと噛み締めている。

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社長をやめます。

僕は近いうちに社長というポジションを誰かに委ねたいと思っている。10年近く、副社長や社長というポジションを兼任してきた。兼任というのは、時にディレクターとして、時にプロデューサーとして名刺交換し、現場の人間としてほとんどの仕事に携わってきたからだ。おそらく、一緒に仕事をしたクライアントの中には僕が社長だということに気がつかなかった方もいるのではないだろうか。そうして、なんだか社長を続けてきて自分の本当の興味というものが見えてきた。その興味の中に「経営」というものは確かにある。ただ、ここには「興味がある」というだけで、寝食を忘れるほど興味があるかといえばそうではない。むしろ、ディレクターとしてひとつの仕事に向かっている時などは社長失格な日々を送ってしまう。それこそ、寝食を忘れて仕事をしてしまう。そんなことをしていたら将来のビジョンもへったくれもないのだ。社長という存在は、ただどっしりと構えていればいいものではない。どっしりしながら、一方で細やかな配慮や、データなどに基づく戦略を考えなければいけない。つまり、大きな器でなおかつ、器用じゃなくてはいけない。僕は、からきし不器用だ。ゆえに、問題なのである。目の前に広げられた風呂敷とにらめっこしながら「うーむ、はて、どうやってこれを攻めていこうか」なんて難題をどう克服するかなんていうのを考えるのはどうやら好きみたいだ。けれど、その風呂敷自体を広げる側にたつ時、途方にくれてしまう。ん、向いていないのだ。今年になるか、来年になるか、まだ決めていないけれど、社長をやめる。僕は、ひとりの現場のディレクターとしてあと10年くらいやってみたくなった。20代の頃の仕事の仕方をやってみたくなった。目の前のものを片っ端からこだわりぬいてみたくなった。不器用に、目の前のものだけを。

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図画工作

我が事務所ドローイングアンドマニュアルのWebをアップデートしました。1つ1つはそれなりに時間がかかっていてものによってはもう3年以上も関わっているものなどもあるのですが、なんだか、ものすごいスピードでものをつくっているなあと実感します。

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