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	<title>菱川勢一の口</title>
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	<description>菱川勢一が言っちゃってます(苦笑)</description>
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		<title>言葉</title>
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		<pubDate>Wed, 01 Sep 2010 06:43:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[忘れたくない言葉]]></category>

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		<description><![CDATA[人間というのは何か足りないからがんばるんです。
不満足の状態だから、知恵が出るし成長もする。
不満足こそが知恵の原点だと思います。
原田泳幸　日本マクドナルド社長　ほぼ日刊イトイ新聞インタビューより抜粋
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>人間というのは何か足りないからがんばるんです。<br />
不満足の状態だから、知恵が出るし成長もする。<br />
不満足こそが知恵の原点だと思います。</p>
<p>原田泳幸　日本マクドナルド社長　ほぼ日刊イトイ新聞インタビューより抜粋</p>
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		<title>想像力という商売道具</title>
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		<pubDate>Tue, 31 Aug 2010 13:59:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[創作者とその周辺]]></category>

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		<description><![CDATA[デザイナーやクリエイターでプレゼンがヘタだと致命的だ。これは僕の所属する会社のデザイナーも例外ではない。緊張したり、口べただったりというのも言い訳にならない。プレゼンで相手にそのアイデアを理解してもらうかどうかで半分以上 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>デザイナーやクリエイターでプレゼンがヘタだと致命的だ。これは僕の所属する会社のデザイナーも例外ではない。緊張したり、口べただったりというのも言い訳にならない。プレゼンで相手にそのアイデアを理解してもらうかどうかで半分以上はゴールの精度は見えてくる。いくら、「GOサインをもらったら頑張ろう!」と思っていても、そのGOサインの出され方が大きく変わってくる。「いやあ、君たちはとてもいい感じだ。任せるよ!」という空気をつくれるか、はては「よくわかんないけど時間もないし、とりあえず前に進めよう」なんていう空気でスタートするかはプレゼンの空気づくりでしかない。もちろん、それだけという訳ではない。信頼というものはたった一回のプレゼンで出来上がるものではない。けれどもたった一回のプレゼンで信頼を獲得することだってできる。もちろん「口のうまいデザイナー」なんていうのもなんだか胡散臭いものだ。プレゼンがうまいということは口がうまいかどうかではないし、企画書がキレイにできているということではない。考えうるあらゆる「ツッコミ」に対して答えを用意しているかどうか、つまり、プレゼンされる側のことを想像して準備をしているかという「想像力」だと思う。どこまでいってもプレゼン後の「これからつくるもの」は未知数だ。何が起きるか分からないし、やってみなければわからないことだらけだ。だから、フルに想像力を発揮して、「できる」と思わせたいし、「やりたい」と思わせることが大切なのだと思う。冷静に毎日を観察すれば一日中何かにプレゼンされているようだ(笑)。テレビにプレゼンされたり、雑誌にプレゼンされたり、街を歩けば看板にプレゼンされたり、電話口ではきっと奥さんに晩ご飯のメニューをプレゼンされたりしているだろう。そんな時、「欲しい」とか「食べたい」だとか思ったらそのプレゼンはいいプレゼンだ。そこには大いなる「想像力」のキャッチボールが産まれている。デザイナーやクリエイターは本来「想像力」が商売道具である。商売道具はいかんなく発揮すべきだなあと毎日思う。</p>
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		<title>言葉</title>
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		<pubDate>Mon, 30 Aug 2010 14:36:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[忘れたくない言葉]]></category>

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		<description><![CDATA[いいことを言う人、間違ったことを言う人、何も言わない人がいます。
何も言わない人は一番ダメ。
いいことを言う人が二番目にダメ。
間違ったことを言う人、これを私は評価する。
原田泳幸　日本マクドナルド社長　ほぼ日刊イトイ新 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>いいことを言う人、間違ったことを言う人、何も言わない人がいます。<br />
何も言わない人は一番ダメ。<br />
いいことを言う人が二番目にダメ。<br />
間違ったことを言う人、これを私は評価する。</p>
<p>原田泳幸　日本マクドナルド社長　ほぼ日刊イトイ新聞インタビューより抜粋</p>
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		<title>素晴らしい意匠の博覧会2010</title>
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		<pubDate>Wed, 25 Aug 2010 00:39:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[経験値なんていうことを「現場」ではよく耳にする。百戦錬磨の諸先輩方に言わせれば場数が質を左右するということかもしれないし、駆け出しの新人さんにしてみれば一刻も早く手に入れたいもののひとつかもしれない。経験値があるというこ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>経験値なんていうことを「現場」ではよく耳にする。百戦錬磨の諸先輩方に言わせれば場数が質を左右するということかもしれないし、駆け出しの新人さんにしてみれば一刻も早く手に入れたいもののひとつかもしれない。経験値があるということが必ずしもプラスかというとそうでもなく、成功体験や失敗の体験などが重なると案外、チャレンジ精神を蝕むことにもなりかねない。僕自身は経験値は塩梅の見分け術だと思っている。つまり、「このへんまではギリギリまで粘って歯を食いしばっていいけど、ここを越えたら元も子もなくなる」なんていう線が見えていることなんじゃないかと思う。ちょうど人命のかかったレスキュー隊員の持っている「見きわめ」の感じのようにとらえている。デザインの現場では人命にかかわることは滅多に無いけど、質とあきらめの線は常に裏腹にそこに見える。ギリギリまで粘ることそれ自体は特に美学にはなり得ないけど、精神論的なものとつくったものの質はなんだかセットで語られることも少なくない。だからこその「経験値」だと思う。経験豊富な人が実力を誇示するための経験値はこれほどみっともない値もないけど、それを「見きわめ」として発揮した時にはきっと「匠」なんていうことに近い「感覚」があらわになる。僕はそんな髪の毛一本ほどのギリギリの線の上で格闘したいと常に思う。きっと経験値の値が増すごとにその線は細くなっていき、しまいには顕微鏡でやっと見えるくらいのできるできないのギリギリの線になるのだろうとイメージする。ストイックな世界だけど、デザインという世界は本来そういう世界なんだと勝手に憧れている。今週、「グッドデザインエキスポ」が開催される。自身も端っこで関わる一人なんだけど、デザインを生業にしている人とつくったものを「さあ、デザインを評価してください」と差し出しているものだ。たくさんの評価を待つものの中にどのくらい、そんな「線」の上で「見極められた」のかを見てみたい。直訳すれば「素晴らしい意匠の博覧会」というタイトルの会場で、ひとつでも多くのギリギリを目の当たりにして肥やしにしたいと思う。</p>
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		<title>文庫音</title>
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		<pubDate>Mon, 23 Aug 2010 01:28:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[自分とその周辺]]></category>

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		<description><![CDATA[渋谷のHMVが閉店した。テレビのニュースで知った。かつて、ほんのちょっとレコード会社に所属したことのある輩としては、やはり、ちょっぴりさみしい。今ではすっかりiTunes Storeのトップページを眺めたり、amazon [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>渋谷のHMVが閉店した。テレビのニュースで知った。かつて、ほんのちょっとレコード会社に所属したことのある輩としては、やはり、ちょっぴりさみしい。今ではすっかりiTunes Storeのトップページを眺めたり、amazonを眺めたりする「ジャケ買い」なんていうやつも、20年前は渋谷でタワーレコードとHMVをはしごして両手に重いほどCDを買い込んだ。15万円くらいしか給料をもらってないのに10万円くらいCDを買っちゃって、耳は満腹でお腹はグーグーなんていう調子(苦笑)。当時買い込んだものは今でも僕の棚に少しは残っている。そんな「ジャケ買い」という感じは今になって思えばレコードジャケットがいかに「デザインの花形」だったことかと思いめぐらす。レコードジャケットのデザインがしたくてグラフィックデザイナーを志したという人も少なくないはず。そもそも「ジャケ買い」させる力というのもすごいことだよなと思う。試聴して買うという、なんだかリスクヘッジのようなことなどナシに、いきなり「良さそう!」なんて音を買わせてしまうなんて。デザイナーとしては冥利に尽きるようなことだ。LPレコードのジャケットはさながら絵画のようであったし、レコードからCDになって小さくなっても「レコードジャケット」の地位は不動だった。もちろんiTunesなどにもアートワークというジャケットの表示はあるし、amazonにだって表示されている。でも所詮、「表示」なのだ。消えかけているものといえばレコード屋さんにCDを買いにいって、帰りの電車で我慢できずに封を開けて、中の解説や歌詞を読み込んで、家に帰ってヘッドフォンで大音量で聴きながら、ジャケットをしみじみ眺める、なんていうこと。今、本がデータになろうとしている。きっと本の装丁というデザインも「表示」でしかなくなる。僕は「表示」はやだな。表示デザイナーなんて言えばちょっと「お!」とか思うかもしれないけど。ノスタルジーの話をするつもりもないのだけれどやっぱり、気持ちのいいかたちというものはある。そういえばいつのまにが音楽がBGM化してる気がするな。文庫本を読むみたいな感じで聴きたいな、ジャケット眺めながら、なんて思います。</p>
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		<title>誰だっていろいろ抱えているんだ。</title>
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		<pubDate>Thu, 19 Aug 2010 07:14:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[もう時効だと思うので書いてみようと思う。カミングアウトっていうものでしょうか。この2年間、がっつりと「うつ病」というものと闘った。今は回復したと言っていいと思う。こんな風にカミングアウトしてるわけだからまあ大丈夫でしょ、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>もう時効だと思うので書いてみようと思う。カミングアウトっていうものでしょうか。この2年間、がっつりと「うつ病」というものと闘った。今は回復したと言っていいと思う。こんな風にカミングアウトしてるわけだからまあ大丈夫でしょ、っていう感じでしょうか。もちろん、この病だと診断されたのはちょうど2年前の夏。体調がおかしくて、気分が落ち込む日々が続いたので「もしや&#8230;」なんて思って行ってみると案の定。会社も大学も家庭もすべてに原因があって、とにかく休めとのことだった。休めるワケが無い。家のローンや会社の業績や大学の教え子たちの顔がぐるぐると頭をめぐった。お薬をもらって毎日飲む。そんなお薬を飲んでいることにまた落ち込む。まわりに病をひた隠す。会社に行こうとするとガクガクと震える体にムチを打つ。はやく眠りたいと夜が待ち遠しい昼間。夜になるとうずくまる。そんな日々だ。僕の場合、妻や家族にもひた隠した。友人や同僚にさとられまいとひた隠した。いっさい誰にも言わなかった。コソコソとお医者さんに通った。会社や家からわざわざ遠いお医者さんに通った。午前中と午後の気分がまるっきり正反対だったりする。怒りっぽいのと落ち込むのとが極端に入れ替わる。僕の場合タチが悪いのがこれら全てに「自覚がある」ということだった。ついていけないと僕から離れていってしまう人もいた。大切な大学の講義に影響が無いように万全で望んで、なんとかこなしたが、そのあと一人大学の自分の研究室で夜中まで横になっていたこともあった。不思議なことに大学という場所はなんだか癒された。ずっといたい気分に何度もなった。しかし、毎日というものは無情にもやってきた。飲みたくないお薬が生命線だった。お薬を飲み続けていたら太ってしまった(苦笑) 1年間で約10キロ。もしかしたら、このままどんどん太ってしまうのではないかとまた落ち込んだりした。お薬を飲んで、この日記を書き続けた。できるだけ「普通に近い気分」を見計らって。同じような病になってしまう人に時々会った。本当に、本当に、気持ちがわかる。一人でいるときの気持ちが手に取るようにわかった気がした。今はお薬は飲んでいない。体重も戻ってきた。仕事が楽しく思えている。振り返って、2年間を取り戻そうとがんばろうと思ったが、無理にはりきるのはやめた。この2年間は重くて暗い記憶だけど、本当に貴重な経験をした。噛み締めて、これからの日々を過ごそうと思う。雨のち曇り時々晴れな気分。2年間で心底わかったこと。誰だっていろいろ抱えている。人はそんなに強くない。そんなデリケートな人同士、お互い様で助け合っている。ということ。さ、いい仕事をしよう。良い仕事をして、一人でも多くの人に喜んでもらいたい。</p>
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		<title>そこにあるのは何?</title>
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		<pubDate>Tue, 17 Aug 2010 11:28:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[自分とその周辺]]></category>

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		<description><![CDATA[Twitterは危険だ(笑)。誰にも「正式に」言っていないのに言った気になる。ミーティングで「菱川さん、○○でしたよね?」と言われて「え？言ったっけ?」と返せば、Twitterで言ってましたよ。となる。実際に言ったことな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>Twitterは危険だ(笑)。誰にも「正式に」言っていないのに言った気になる。ミーティングで「菱川さん、○○でしたよね?」と言われて「え？言ったっけ?」と返せば、Twitterで言ってましたよ。となる。実際に言ったことなのか、ポロッとTwitterで「言った」ことなのかがごちゃごちゃになってきて、「あれ? そんなこと言ってないのになあ」なんていうこととか「あれ? 言ったはずなんだけどなあ」なんていうことが行ったり来たりしてしまう。まあ、Twitterごときで。。。なんて思いながら心にもないことをふと言ってみたりといういいかげんなことをやっているからこういうことになるのだけれども。みんな使い分けてたりしてすごいなあなんて感心したりもして、どうやら、思いのほか自分は不器用なことに気付いたりして。まあ、「なくてもいいもの」には違いない。本屋でTwitterマーケティングなんていう本を見かけたりしているんだけど、本気? なんてツッコミを入れる。どこまでいっても「なくても済むもの」なのだ。そういうものは幸が薄い(笑)。でもいつだって、わかっているのに「つい」やっちゃったりするから大人になれないんですね。山に登っている友人とかからツィートが届くとまるで自分に届いたかのような錯覚に陥るのだが、実際のところはそんなことはない。誰かが山に登ろうが、ビールを飲んでいようが、文句を言っていようが、「どうでもいいこと」を「なくても済むもの」で暇つぶしをしているに過ぎない。と、こういう長文を迷惑にもTwitterに流したりしたくなるのだが、単なる迷惑でしかない。僕はもっぱらトイレでTwitterというポジショニングが確立しようとしている。そういう意味では画期的なものができたんだなあ(笑)。あ、何が言いたかっのかが分からなくなった。そういうのがTwitter、かな。</p>
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		<title>二人の永遠の二日間</title>
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		<pubDate>Tue, 03 Aug 2010 14:17:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[父とその周辺]]></category>

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		<description><![CDATA[昨日、僕は泣いた。一昨日と昨日。すっかり夏休み真っ最中の息子と小旅行した。それは僕と息子の2人旅ではなく正確には息子と息子の親友の旅のお供をした二人プラス一人というところだ。息子とその親友は元は同じ小学校の友達だったが、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>昨日、僕は泣いた。一昨日と昨日。すっかり夏休み真っ最中の息子と小旅行した。それは僕と息子の2人旅ではなく正確には息子と息子の親友の旅のお供をした二人プラス一人というところだ。息子とその親友は元は同じ小学校の友達だったが、その後、友達は転校してしまった。でも、その後も電話や手紙などで親友同士の関係は変わらず続いている。夏休みになって、「二人で旅をすれば?」という僕の提案におおはしゃぎで毎日、旅のしおりをつくったり、あれしようこれしようと二人とも楽しみにしていたようだ。そんな二人の旅のサポートというわけだ。僕はそれなりに下調べをし、万全の準備で添乗員を務めた(笑)。一日目のガラス工房のコップ製作体験にはじまり、虫取り、おせんべい屋さんの煎餅焼き体験、天ぷらの料理体験、花火大会、夜ふかし(笑)、二日目は朝の4時から船釣り、素潜り、海水浴、ブルーベリー農場の摘み取り体験など二日間でこれでもか! というほど思い出づくりを演出した。7時に帰ると約束していたので4時すぎには車に乗り込んで東京を目指す。あれほどはしゃいでいた車中がすっかりしんみりしたムードになって、さっきまで二人くっついて座っていたのに、うってかわって二人は離れて左右の窓から車窓を黙って眺めている。「つかれちゃった、眠いなあ」「うん、そうだね」なんて強がっている二人。力のない声から精一杯の強がりだと伺える。本当に二人とも寝てしまって、僕はそんな二人のあまりのいじらしさに泣いてしまった。こういう時に限って帰り道は渋滞などなく、スムーズだ。このまま走ると6時過ぎには家に着いてしまう。僕はできるだけ一緒にいる時間をつくろうとあえて少し遠回りで、可能な限り制限速度より遅めに、そして、少し渋滞している道を選んだ。カーナビゲーションが渋滞回避のルートを繰り返し表示している。こんな時のカーナビは疎ましい存在だ。カーナビを消して、ラジオだけにした。ラジオから渡辺美里の「10years」が流れた。「あれから10年後。。。」なんていう唄だ。その唄にまたじーんとしてルームミラー越しに二人の寝顔を見てまた泣けてきた。できるだけ引き延ばした約束より10分遅れの7時10分に友達の家に着いた。彼らの小学5年生の夏休みの旅は終わった。初めて体験づくしの旅の楽しさもあったかもしれないけど、二人一緒にいるだけで楽しい。親友という純粋で大切な存在。何にも代え難い存在。用意されたたくさんのアトラクションは二人にとってはおまけにすぎないのかもしれない。もう二度とこない永遠の二日間だったと思う。</p>
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		<title>さっぱりわからない学問</title>
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		<pubDate>Thu, 22 Jul 2010 12:08:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>チームワークって難しい。誰かの放ったたった一言が大きく全員のモチベーションを上げることもできるし、一方でそんな一言でバラバラになることだってある。たった一言で。デリケートすぎるくらい繊細なコミュニケーションで成り立っている。かれこれ13年くらい会社のリーダー的ポジションでやってきたけど、「チームワーク」というものについては未だにさっぱり掴めない。つい、チームワークの理想型みたいなものを求めていろんな業態を観察してしまう。例えば消防士=消防隊。火を消すとか、人を助けるという絶対的な使命感がその結束力を高めているように見える。ならばデザインにおける使命感というのはどんな強いものがそこにあるか。例えばレストランなどの厨房。おいしい料理を分担しながらテキパキと、且つ、いつも同じ味で提供する。そこにはそれぞれの料理人のその日の気分というものの介入の仕方が慎重だと思える。ならばデザインにおけるデザイナーのその日の気分と出来上がりの品質の関係とそして分担したものがまとまる時のそれはどうか。ひとつのものにむかってお互いを高め合いながら結束する力をチームワークのひとつの理想としたら、それをデザインとかクリエイティブの舞台に持ち込もうとした時、何が作用して、何が効力をもたらすのか。日々の時流の中で、小さく影響されながら、そのチームワークを維持していこうと思う時、どんな工夫がそこで必要なのか。何度も何度も繰り返し考えたり、試したりしているけどさっぱりわからない。どこかの大学が「チームワーク学」なんていう学問を編成するとしたら、受講してみたい。きっと思想や哲学をも巻き込んだなかなか面白い学問に違いない。</p>
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		<title>反面教師</title>
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		<pubDate>Fri, 16 Jul 2010 12:29:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[反面教師という言葉がある。僕の反面教師はある部分では父親かもしれない。半分はとっても尊敬していたが、半分はこうはなりたくないなんていう思いもあった。でも実際はそんな「反面教師」的な存在はとても貴重だ。反面教師になりたい! [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>反面教師という言葉がある。僕の反面教師はある部分では父親かもしれない。半分はとっても尊敬していたが、半分はこうはなりたくないなんていう思いもあった。でも実際はそんな「反面教師」的な存在はとても貴重だ。反面教師になりたい! なんて思ってなる人はほとんどいないと思うけど、なんだか近頃の僕の心境は「反面教師になりたいかも..」なんてちょっぴり思っている。「かも」ってあたりは僕の器の小ささを表しているのでご愛嬌(苦笑)。世の中を見回すと「いい人っぽい人」がたくさんいると思うし、奇麗ごとを話す人もたくさんいるように見えてくる。Twitterを眺めていてもあたりさわりのない小言やいいことをつぶやいていることが多い。「楽しいことが好き!」なのはみな同じだと思うけど、なんだか、これだけ「よさそうなこと」ばかり口にしている人が多いと、あまのじゃくな僕は素直に頷けないのです。ならば自分は思ったことを大人げなく口にして「あの人ってさあ」なんて後ろ指さされた方が実は役に立つんじゃないかなあ、なんてひねた考えが頭をもたげる。思ったことを何のフィルターも計算もしないで口にする時、たいていはネガティヴな反応がある。でも、きっとそんなことで感情にチクッと刺が刺さったような時に初めて何かを深く考えるようにも思う。あいかわらず世界は美しいけど、あいかわらず世界は醜いと思う。その醜さは年々、深く深く人が気がつかないほど深い層で渦巻いている気がする。タフな時代だとも思う。好きなものとか、やりたいこと、とかはなんとなく頭に浮かぶけど嫌いなものとか、やりたくないこと、なんかを頭に浮かべる時に「ちょっと待てよ&#8230;」なんて妙な複雑な感情が沸き起こる。今の仕事の流儀に置き換えると、仕事の美学とは「こうしたいこと」の美学ではなく、「絶対にやりたくないこと」の美学のほうが光って見える。生活に置き換えた時「こうしたいこと」ではなく「これだけはやりたくないこと」の貴重さが光って見える。反面教師ってそういうことを気づかせてくれる存在のような気がしてならない。反面教師になりたい&#8230;かも(笑)。いや、なりたくてなるもんじゃないか。なってるな、きっと(笑)</p>
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